はじまりの日々 2

当初は、胃の不快感だけだったのが
私のつわりはどんどん程度を増して
酷いものになっていきました。

今年の1月末から始めたばかりのパートも
数日は我慢しながら勤め、その帰りに
夜は実家で食事を用意してもらったりして
助けてもらっていたけれど、
多忙な期間をひとまず乗りきった直後の3月17日頃から
食べ物を受け付けなくなって、
遂に出勤不可能な状態になってしまいました。

勤め先の方は皆、ほんとうに親切で
親身に体を労ってくださり、理解してくださり
新米の私を、なんと休職扱いにしてくださいました。
本当にありがとうございます。
そうして感謝の気持ちで満たされながら
安心してつわりと向き合う生活が始まりました。

とてもアパートでは暮らせなかったので
実家に全てを委ね、すっかりお世話になることにしました。


思い出すのもつらい、食べられない日々が続き
体重は10㎏ほども落ち、自分でも
鏡の前の自分が自分と認識しづらくなるまでになってしまいました。
まだ肌寒かった頃から、お母さんと妹にも心配をかけ
少しでも口に出来るものを考えて用意もらったり
夜の湯タンポを欠かさず入れてもらったりと
本当にどれだけお世話になったことか…。

旦那さんは、仕事も忙しい最中、
毎日のように実家に寄って顔を出してくれ、
何か食べられるものはないかと、ゼリーや飲み物などを
たくさん持ってきてくれました。
寝たきりの私の顔を覗きこんで、心配そうな眼差しを向けて。

いくつもの山が来ては去って
その頃には、整体師であるお姉ちゃんの旦那さんにも、
遥か宮崎から電話で診察をしてもらい、
体を温める方法である、熟成3年ものの焼き味噌を食前に食べるとか、
熊笹のエキスである「サンクロン」が胃に良いから
炭酸水と一緒に飲むといいとか、いろんな事を教えてもらいました。

そして、車や家など新建材や人工のものは
新しいうちの3年間は、やはり体に良くないものを発しているので
可能なら避けるか、換気に努め、EMRを吹き掛けるなどしたほうがいい、など。
そして、裏の工場から発する空気も体に良くないことなど。
丁寧に細かく診察をしてもらいました。

でも、つわりというのは、きれいな赤ちゃんを産むために、お母さんの体から毒素を排出する大事なことだと教えてもらって、頑張って耐え抜こうと心に決めたのでした。

近くにも、遠くにも、
たくさんの大切な事を教えてもらえる家族がいて、
とても心強く、幸せです。